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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ネ)101号 判決

控訴人(附帯被控訴人、第一審被告、反訴原告) 中村ます

被控訴人(附帯控訴人、第一審原告、反訴被告) 真木森男

主文

原判決中控訴人および被控訴人各敗訴の部分を取り消す。

控訴人は被控訴人のため原判決添附目録〈省略〉記載の農地につき村農業委員会を経由して岡山県知事に対し所有権移転の許可申請をなし、その許可があつたときは被控訴人に対し所有権移転登記手続をせよ。

被控訴人は控訴人に対し右農地の引渡をせよ。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを、二分しその一を被控訴人の負担としその一を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添附目録記載の農地を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。附帯控訴はこれを棄却するとの判決並に農地引渡の点につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却並に附帯控訴として控訴人は被控訴人に対し前記農地につき村農業委員会を経由して岡山県知事に所有権移転の許可申請をなし、該許可のあつたときはその所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

被控訴人において

被控訴人主張の贈与契約において控訴人は被控訴人に対し原判決添附目録記載の農地につき法令の定めるところにより村農業委員会を経由して岡山県知事に対し所有権移転の許可申請をした上該許可のなされたときはこれが所有権移転登記手続をすべきことを約したのでその履行を求める。

と述べたほかいずれも原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

昭和二五年四月一三日本件当事者間に控訴人所有の原判決添附目録記載の田畑等を贈与する旨の契約が締結されたことは成立に争のない甲第一、二号証および原審における被控訴人本人尋問の結果により明らかである。

そこで控訴人が右農地につき村農業委員会を経由して岡山県知事に対し所有権移転の許可申請をなし、許可を得たときは所有権移転の登記手続をなすべき義務があるかどうかについて判断する。

前記甲第一号証及び原審証人青田順市、金島茂久の各証言を綜合すれば、右贈与契約において控訴人は被控訴人に対し本件農地の所有権移転登記手続は法令の定めるところにより村農地委員会を経由して速にこれを行うべき旨を約したことを認め得るから控訴人は右贈与契約により知事に対し所有権移転につき許可申請をなすことおよび該許可のあつたときは速に被控訴人に対し右移転登記手続をする義務を負担したものというべきである。原審における被控訴人本人尋問の結果は必らずしも如上認定と牴触するものではない。

もとより農地法第三条(当事者は農調法第四条)によれば農地の所有権移転については知事の許可を得なければその効力を生じないことは明白であるが、その趣旨は所有権移転の原因となる法律行為の当事者の意思表示のみによつては所有権移転の効果を生ぜしめないというにすぎないのであつて、右法律行為の成立までも知事の許可にかからしめるものではない。これを本件贈与契約についてみれば、控訴人の贈与および被控訴人の受諾の各意思表示によつて契約は成立し、ただその効果としての所有権移転が知事の許可がない以上未だ発生するにいたらないだけなのである。従つて、右契約に基くその他の効果、換言すれば控訴人が知事に対し前示許可申請手続をなす義務および該許可があつたとき速に被控訴人に対し所有権移転登記手続をする義務は右契約の成立により既に発生しているものというべきである。

控訴人は岡山県知事に対し許可申請をしたが被控訴人は自作農としての適格なしとして不許可となつたので条件の不成就により贈与契約に基く所有権移転の効力は生じないことに確定したと主張し、成立に争のない甲第六号証及び前顕各証人の証言を綜合すれば、控訴人側より当時非公式に村農地委員会に対し許可を受け得るかどうかを問合わせたが、被控訴人は本件以外の農地を所有しておらず、本件の農地は三反歩に達しないのでそれ以上の面積に達することとなるのでなければ、村農地委員会において承認しても県知事の許可は得られまいとの話であつたので、その旨被控訴人に伝えたことを認めることはできるが、それのみでは控訴人は村農地委員会の内意をうかがつたにすぎず、知事に対する右申請手続の義務を履行したとはいえないから、未だ知事の不許可処分がある筈はなく、いわんやそれが確定したものと解することはできない。けだし、右申請には農地調整法第四条同法施行令第二条同法施行規則第六条または農地法第三条同法施行規則第二条により明らかな如く所定の形式によらなければならないからである。

ところで前記知事の許可が得られないときは本件農地の所有権移転の効力が生じないのであるから、控訴人はこれが登記手続をする義務のないことはもちろんであるけれども、右許可があつた場合の登記手続請求は将来の給付を求める訴であるからその当否につき、考えてみると、控訴人は後に認定する如く別訴を以て本件贈与契約の無効確認並に農地等引渡請求をした事実もあるほか、本訴訟においても被控訴人主張事実を争うばかりでなく、逆に反訴を提起し農地の引渡請求をしておるのであつて、将来知事の許可を受けたときにおいても被控訴人において更に訴を提起しない限り任意に登記手続義務を履行するものとは認め難い現状にあるから、被控訴人は将来の給付を求める法律上の利益を有するものと解すべく、従つてこれを求める部分の被控訴人の本訴請求は正当である。

よつて進んで控訴人より逆に被控訴人に対し本件農地の返還を求める反訴請求の当否について判断する。

冒頭認定の贈与契約に基き被控訴人が本件農地の引渡を受け、爾来これを占有耕作していることは被控訴人の主張自体より明白である。そして右贈与契約は、前記の如く所有権移転につき知事の許可はないのであるからその所有権は依然として控訴人に属するものというべく、被控訴人においてこれを占有するにつき控訴人に対抗し得べき何等かの権限あることを主張立証せぬ限り、被控訴人は控訴人に対し所有権に基く引渡請求を拒否することはできない。

この点に関し被控訴人は何等の主張もせず、ただ原告(本件の控訴人)が被控訴人に対し岡山地方裁判所津山支部昭和二五年(ワ)第二五五号土地建物売渡契約無効確認並に土地建物明渡請求訴訟を提起し前示田畑等を目的とした贈与契約の無効確認及びその返還請求をしたが、請求棄却の判決が確定したので、控訴人は既判力の効果としてもはや本件農地の引渡請求をすることは許されないと主張するところ、前顕甲第六号証によれば、控訴人が前訴においてその請求原因とした事実の要旨は前記贈与契約は要素に錯誤があつて無効である。しからずとするも強迫によるものであるからこれを取り消す。しからずとするも信義誠実の原則に反するものであるから無効である。よつて無効な贈与契約に基き被控訴人の占有している農地等の返還を求めるというにあり、この請求を棄却した右判決理由の要旨は、以上の事実を認むべき証拠がないというに止り、右訴訟における訴訟物は所有権に基く返還請求権ではない。農地の所有権移転は贈与契約に知事の許可が加わつてその効力を生ずるものであるから、該契約自体の無効確認訴訟を提起し得るは勿論であり、贈与契約が無効であつても、有効であつても許可のないうちは依然としてその所有権は控訴人に属するのであつて、いずれにしても前訴の口頭弁論終結当時において本件農地の所有権が控訴人にあつたことは明らかであるから所有権に基く返還請求は少くとも農地については棄却できない。従つて前訴の訴旨とするところは要するに贈与契約は無効又は取り消され、被控訴人は法律上の原因なくして控訴人の農地等を占有使用しているので不当利得返還請求権に基き明渡を求めるというにあつたものと解するを相当とする。それゆえ被控訴人の既判力の抗弁は採用できない。

ただ前示甲第一号証によれば控訴人は被控訴人に対し本件農地を贈与契約により契約成立の日より自由に使用させることとして引渡したことが認められるが、右贈与契約による本件農地の所有権移転につき知事の許可がないこと前記の如くなる以上、被控訴人は未だこれが所有権を取得するに由なく、従つて同人の右耕作は所有権に基くものではなくて、本件贈与契約により契約成立後右知事の許可または不許可の処分あるまでの間を限つて設定された使用権に基くものと解するのを相当とするところ、かかる権利の設定についても村農業委員会の許可を要することは農地法第三条(農調法第四条)により明らかである。しかるに該許可のあつたことについての主張立証のない本件にあつては、被控訴人は右耕作につき権限を欠如するものであつて、所有者たる控訴人に対し右契約あるに拘らずこれが引渡を拒むことはできない。それゆえこれが返還を求める控訴人の請求も正当としてこれを認容すべきものである。

よつて民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条を適用し、仮執行の宣言はこれを付するの要なきものと認め主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 林歓一)

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